若者全体のコミュニケーション能力は,どちらかと言えば向上している。「近頃の若者は……」としたり顔で言うオヤジ評論家たちには,「でも,あなたたちより,今の子たちの方がダンスはうまいですよ」と言ってあげたいといつも私は思う。人間の気持ちを表現するのに,言葉ではなく,たとえばダンスをもって最高の表現とする文化体系であれば(いや,実際に,そういう国はいくらでもあるだろう),日本の中高年の男性は,もっともコミュニケーション能力の低い劣った部族ということになるだろう。
リズム感や音感は,今の子どもたちの方が明らかに発達しているし,ファッションのセンスもいい。異文化コミュニケーションの経験値も高い。けっしていまの若者たちは,表現力もコミュニケーション能力も低下していない。
実態は,実は,逆なのではないか。
全体のコミュニケーション能力が上がっているからこそ,見えてくる問題があるのだと私は考えている。それを私は,「コミュニケーション問題の顕在化」と呼んできた。
さほど難しい話ではない。
どんなに若者のコミュニケーション能力が向上したとしても,やはり一定数,口べたな人はいるということだ。
これらの人びとは,かつては,旋盤工やオフセット印刷といった高度な技術を身につけ,文字通り「手に職をつける」ことによって生涯を保証されていた。しかし,いまや日本の製造業はじり貧の状態で,こういった職人の卵たちの就職が極めて厳しい状態になってきている。現在は,多くの工業高校で(工業高校だからこそ),就職の事前指導に力を入れ面接の練習などを入念に行っている。
しかし,つい十数年前までは,「無口な職人」とは,プラスのイメージではなかったか。それがいつの間にか,無口では就職できない世知辛い世の中になってしまった。
いままでは問題にならなかったレベルの生徒が問題になる。これが「コミュニケーション問題の顕在化」だ。
平田オリザ (2012). わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か 講談社 225-243/2130(Kindle)
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