たとえば一般によく言われることだが,日本語には対等な関係で褒める語彙が極端に少ない。上に向かって尊敬の念を示すか,下に向かって褒めてつかわすような言葉は豊富にあっても,対等な関係の褒め言葉があまり見つからないのだ。
欧米の言葉ならば,この手の言葉には,まさに枚挙にいとまがない。「wonderful」「marvelous」「amazing」「great」「lovely」「splendid」……。
しかし日本語には,このような褒め言葉が非常に少ない。そこでたとえば,スポーツの世界などで相手を褒めようとすると外来語に頼らざるをえなくなる。「ナイス・ショット」「ナイス・ピッチ」「ドンマイ」……。
だが,ここに1つだけ,現代日本語にも,非常に汎用性の高い褒め言葉がある。
「かわいい」
これはとにかく,何にでも使える。
よく中高年の男性が,
「いまどきの子は,なんでも『かわいい』『かわいい』で,ボキャブラリーがないなぁ」
とおっしゃっているのを見かけるが,ボキャブラリーがないのは,そう言っている私も含めたオヤジたちの方なのだ。
「対等な関係における褒め言葉」という日本語の欠落を「かわいい」は,一手に引き受けて補っていると言ってもいい。
平田オリザ (2012). わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か 講談社 1049-1057/2130(Kindle)
PR