人間が他の動物に比べてすぐれた自己コントロール能力をもっているといっても,誘惑の多い現代社会で生きるには十分でない。スーパーマーケットや冷蔵庫がない時代であれば,私たちに備わっている忍耐力で十分だった。動物を狩ったり,木の実を集めたりしていた時代には,それで事足りた。しかし私達の忍耐力は,今日の社会で必要とされるレベルに及ばない。
先延ばしは,現代の人類に必要な進化がまだ起きていない結果として発生する現象と言える。現代人は完了するまでに何週間,何ヵ月,何年もの時間を要するプロジェクトに取り組むようになったが,人間のモチベーションのメカニズムはそういう長期の課題に対応することに適していないのである。「手の中にすでに捕まえてある1羽の鳥は,藪の中にいる2羽の鳥と同等の価値がある」というのは,英語の有名なことわざだ。森の中では,たしかにそうだろう。未来の不確実なご褒美より,目先の確実なご褒美のほうが値打ちがある。しかし,現代の都会では事情が違う。原始時代のジャングルとは違うので,「未来のご褒美」の現在における価値をそこまで割り引いて考える必要はない。逆に言えば,いまあわてて1羽の鳥を捕まえても,明日の2羽分の価値はない。ごくわずかな利息がついて,せいぜい手羽先が1本増える程度だろう。
ピアーズ・スティール 池村千秋(訳) (2012). 人はなぜ先延ばしをしてしまうのか 阪急コミュニケーションズ pp.84
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