人生をもっと豊かで謎めいたものにするために,なぜパラノーマルの世界や神が必要なのか,そもそも私には理解できない。もっとも,そういった信念体系が単純な答えやわかりやすい意味をもたらしてくれるという点で魅力があるのはわかるし,そういった単純な答えやわかりやすい意味に魅力を感じる人が,子どもの頃に洗脳された人のなかにはとりわけたくさんいることも理解している。それでも,繰り返すが,そういったものに惹かれる気持ちやその理由のほうが,信者の心の中に根を下ろす作り物の概念よりもはるかに興味深いはずだ。
私は今でも幽霊や天使といった概念が大好きだし,超常現象のとてつもない話に心惹かれる。そういったものが惹起するイマジネーションにわくわくするからだ。「未知のもの」は私たちをぞくぞくさせてくれる。それでも,そうしたものは単なるストーリーにすぎないし,私たちにはわからないことがまだたくさんあるからといって,これからも永遠に解明できないとは限らない。「超常」や「超感覚」の話をする前に,「通常」や「感覚」の限界を理解し,定義する必要がある。それをせずに何かを超常現象と決めつけることは,好奇心と学ぶ意欲を殺いでしまう。わかりやすいレッテルを貼り,単純な意味を付与して,考えることを好まない人たちを満足させ,考えることを好む人たちを貶め,物事を超常現象で片付けてしまうことは,私たちの思考や世界や宇宙から,目も眩むような複雑さや豊かさを奪ってしまう。
ダレン・ブラウン メンタリストDaiGo(訳) (2013). メンタリズムの罠 扶桑社 pp.458-459
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