広食性動物にとって,樹木からぶら下がっているもの,土から生えているもの,野山を駆け回っているもの,水のなかで身をくねられるものすべてが,いざとなったら食料にできる。ところが,ものによっては,食すると命とりになりかねないものもある。およそ有機物だったら何であれ,自分たちの食料バスケットに蓄えても構わない環境で,何は大丈夫で,何は大丈夫でないかの目星をつけるのは難しい。たとえば,ある地方では「毒キノコ」のにおいが,別の土地では「栄養たっぷりの食べ物」のにおいと同じかもしれない。したがって広食性動物は,自分たちが生きている特定の環境では何がよくて何が悪いのかを学習しなければならない。幸いなことに,人間の嗅覚システムはどの食べ物に毒性があり,どの食べ物が栄養に富んでいるのかを,きわめて迅速に学ぶようにできている。このことは,多少誤解のある名前のつけられた現象「味覚嫌悪学習」で示されている。
たとえば,こうだ。香り豊かな食べ物を呑み込んだ後に吐いたら——私の場合,ペペロニ ピッツァがそうだったが——それを再び食べたくはなくなる。ところが,その後その食べ物を警戒するように作用しているのは,実はその味ではなくてにおいのほうなのである。シアトルにあるワシントン大学の行動神経科学者イレーヌ・バーンスタインは,(ひどい吐き気を催させる)化学療法を受けている子供たちを対象に行った実験で,味覚の嫌悪というのは実は嗅覚の嫌悪であることを示している。子供たちには,化学療法の診療が始まる前に「メイプルオフ」という珍しいフレーバーのアイスクリームを食べさせた。化学療法のセッション後,子供たちは2種類のアイスクリームを薦められた。先ほどの「メイプルオフ」か「ハワイアン デライト(ハワイの楽しみ)」という新しいフレーバーだった。子供たち全員が「メイプルオフ」を食べるのを嫌がり「ハワイアン デライト」を,喜んで食べた。どちらのアイスクリームも同じくらい甘くてクリーミーだったが,フレーバーが違っていた。「メイプルオフ」はひどい吐き気を催す化学療法と結び付けられてしまったため避けられたが,一方の「ハワイアン デライト」は病気との連想が何もないため,受け入れられたのだ。私たちが食べ物を拒否するシステムがこれほどすぐに影響するのは,こうした反応があるおかげで,生存適応性が大いに高まるからである。もし何か毒性のあるものを食べて気持ちが悪くなったことがあるならば,死ぬまで同じ間違いを繰り返したくはないだろう。
レイチェル・ハーツ 綾部早穂(監修) 安納令奈(訳) (2012). あなたはなぜ「嫌悪感」を抱くのか 原書房 pp.102-103
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