人々が引きもきらずに強い不快感を催す映画を観ようとするもうひとつの理由は,ポール・ロジンが「無害なマゾヒズム」と名づけた,人間ならではのひねくれた性質である。無害なマゾヒズムとは,たとえばホラー映画を観たり,燃えるように辛いチリペッパーを食べたり,ジェットコースターに乗ったりするという,本来は好ましくなく,生物学的な利点もないことを求めて喜びを得ることなのだが,これはまた人々がなぜ嫌悪を催すようなセックスを観たがり,幻想を抱きたがるかの説明にもなる。こうした性行為は,私たちの心中あるいは映画館のスクリーンでしか存在しないので害はない。私たち自身に危害が及ぶことはない。危険を伴わない穢らわしさは,時にセクシーなのである。穢らわしいものに対しては,嫌悪感を抱きながらも,魅惑される。そして実際に身体を傷つけられたり何かに汚染されたりするのでなければ,私たちはヒエロニムス・ボスが描いたような,罪深き悦楽に耽ることができるのだ。また,ホラーやグロスアウト(げんなりする)映画に出かける観客らを見ると,少なくとも一部の男性にとっては,セックスや気持ちの悪いものを観た興奮が相乗効果を生み,映画鑑賞後に性的に興奮していることもわかった。
レイチェル・ハーツ 綾部早穂(監修) 安納令奈(訳) (2012). あなたはなぜ「嫌悪感」を抱くのか 原書房 pp.230
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