私のキャリアの中で最も満足のできるユーレカ(わかった)経験をしたのは,飛行機操縦の指導員に対して,技能の学習を促進するには罰するよりもほめるほうが効果的だと教えようとしたときです。私が熱く語り終えたとき,聴衆の中で最も年季の入った指導員の一人が手を挙げて,短い演説をしました。彼は正の強化は鳥にはいいかもしれないが,飛行機操縦の訓練生には最適ではないと言いました。彼は「これまで何度も訓練生の曲芸操縦がうまくできっときにほめたことがありますが,たいてい,もう一度やろうとすると前より下手になります。反対に,うまくできなかったときに大声で怒鳴ることがしょっちゅうありますが,そうするとたいてい,次には前よりうまくできるようになります。ですから,強化がうまくいって罰がうまくいかないなんて言わないでください。その逆が現実の姿なんですから」と言いました。これは私にとって,世の中の重要な真実を理解した嬉しい瞬間でした。私たちは他者が何かをうまくできたときにほめて,うまくできなかったときに罰を与えますよね。そして物事は平均に回帰します。ですから,他者をほめると統計的にいって次はうまくできなくなる確率が高まり,罰すると次はうまくできる確率が高くなるというのが,人間の置かれている状況の一部なんです。私はすぐにそれを示すデモンストレーションを考えました。参加者に自分の後ろにある的に向かってコインを二回投げてもらい,当たったかどうかのフィードバックはせずに,的からの距離を測ります。すると,一回目に最も的に近かった人はたいてい二回目には前回よりも的から遠くなり,一回目に最も的から遠かった人はたいてい二回目には前回よりも的から近くなりました。ただし,このデモンストレーションによって,一生にわたって誤った随伴性に曝されることの効果が消えるわけではないことはわかっていました。
(by ダニエル・カーネマン)
デイヴィッド・コーエン 子安増生(監訳) 三宅真季子(訳) (2008). 心理学者,心理学を語る 時代を築いた13人の偉才との対話 新曜社 p.243
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