「あるないクイズ」ではないが,日本の企業にあるのにないのは「所定労働時間」である。表向きは始業と終業の時刻が定められている。しかし,実際には定時はないに等しい。ある大手生命保険会社の2010年版会社紹介パンフレットの「勤務時間」は9時〜5時,つまり所定労働時間は昼休みの1時間を除いて7時間である。しかし,同じパンフレットで紹介されている同社のやり手模範社員の働き方は,所定労働時間などどこ吹く風である。入社15年目,30代後半の業務推進部長のH氏を例にとれば,出社は7時30分。退社は20時。彼は出社から5時間後の12時30分に昼食をとるが,30分後の13時に早くも仕事を再開し,そのまま夕食抜きで仕事を続け,20時まで勤務する。
彼は所定では7時間のところを,実働12時間なので,1日5時間の残業を行っていることになる。「毎勤」によれば,金融・保険業(規模500人以上)の1ヵ月の出勤日数は20日である。これを基準にすれば,H氏の月当たりの残業は100時間(法定労働時間の8時間を基準にすれば80時間)と推計される。学生に訊いてみると,「金融関係を志望する学生はふつう午後8時ごろまでなら当然と思っているのではないでしょうか」という答えが返ってきた。ここには「定時」という観念はない。1日7時間という所定労働時間のしばりも,1日8時間という法定労働時間の遵守もおかまいなしである。
盛岡孝二 (2011). 就職とは何か:<まともな働き方>の条件 岩波書店 pp.125-126
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