DSM-IIIはセンセーションを巻き起こした。改訂版を含めると販売部数は百万部を超えた。一般人による購入が専門家による購入をはるかに上回った。精神科医の数よりもずっと多くの本が売れたのだ。西洋社会の人々はこぞってチェックリストを使って自己診断を始めた。多くの人にとってこれは天からの贈り物だった。自分のどこがおかしいのかがわかり,やっと自らの苦しみに病名がついたのだ。それはまさに精神医学における革命だった。製薬会社にとってはゴールドラッシュであった。なにしろ,一夜にして新しい病気が何百も現れて,数百万人の新しい患者のために治療薬を開発できるようになったのだから。
「製薬会社はDSMの登場を非常に喜んでいた」とスピッツァーは言った。そしてそれはまた彼を喜ばせたのだった。「私たちは親から,『薬を与えるまで,あの子といっしょに暮らすのは不可能でした。あのころは夜も昼もありませんでしたから』といった話を聞くのがうれしかった。それはDSMをつくった者たちにとっての朗報だった」
しかし,それから,何かがおかしくなり始めた。
ジョン・ロンソン 古川奈々子(訳) (2012). サイコパスを探せ!:「狂気」をめぐる冒険 朝日出版社 pp.297-298
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