現在でさえ,私たちの選択的な観察の多くが直観的であるという事実のために,このようなタイプの観察を人に教えるのは困難です。しかも私たちの教育方法はまだそんなにしっかりしたものになっていませんから,学生の天分に大きく頼らざるを得ません。生まれながらの観察者ではない学生にすぐれた観察能力を身につけさせようとするのは,非常に難しいんです。もちろん,いくつかの規則は伝えることができますよ。「見出し語を使わず,動きそのものを記述せよ」とか,「その動物にこれこれのことをさせているのは何か自問せよ」よか,「これこれのことは生存の上でどんな価値があるのか考えよ」とかね。でも,行動の特定の側面に無意識に価値を付与するのがいかに個人的なことか,大学院生と一緒に観察するたびに思い知らされます。同じ場面を観察しているのに,2人の人間が非常に異なる物事を見るんです。たしかに,私はしばしば,学生が見逃したことを指摘して学生の注意を促すことができますよ。でも,新しい共同研究者が非常に明白なことに私の注意を向けさせてくれることも,よくあるんです。一度なんか,「そうだね,君が正しいよ,僕は何度もそれを見てきたけど認識していなかった」と認めざるをえませんでした。不面目なことですが,とても有益な経験でした。
(by ニコ・ティンバーゲン)
デイヴィッド・コーエン 子安増生(監訳) 三宅真季子(訳) (2008). 心理学者,心理学を語る 時代を築いた13人の偉才との対話 新曜社 p.418-419
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