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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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認めてほしいこと

誤解のないように付け加えておくが,個人を役割の複合体として見るということは,人間を操り人形のようなものとして見るということではない。人間は社会からの要請(期待)という意図に操られてただ手足を動かすだけの存在ではない。人間には内的な欲求がある。それを充足するために行為しているのだ。内的な欲求といっても生理的な欲求だけではない。それなら人間以外の動物にもある。人間に固有な欲求として社会的な欲求がある。その最たるものは他者からの承認欲求であろう。他者から認めてほしいという欲求である。何を認めてほしいのかというと,それは次の三つに要約することができる。
 第一に,「私はまともな人間である」ということ。これは公共的な場面でとくに重要なものである。電車の中で,喫茶店で,路上で,図書館で,映画館で……,私たちは「おかしな人」「怪しげな人」「不審な人」「危ない人」「非常識な人」などと他人から見られないように気を付けている。気を付けているといっても必ずしも意識しているということではない。意識していることを忘れるほど意識の深いレベルで私たちは気を付けている。私が喫茶店でウェイトレスに内面のイライラをぶつけないのは,「喫茶店の客」としての社会からの要請のためであるが,同時に,それは「私はちゃんとした客である」=「私はまともな人間である」と喫茶店の人々(従業員や他の客たち)から認めてほしいからである。
 第二に,「私は有能な人間である」ということ。これは学校や職場といった労働的な場面で重要なものである。学生は教師や他の学生たちから「優秀な学生」「熱心な学生」として認められたいと思っている。サラリーマンは上司や同僚から「仕事のできる人」として,レストランの料理人は客から「腕のいい料理人」,医者は患者から「名医」「いい先生」として認められたいと思っている。プロ野球の一流選手が税金で多くを持っていかれることを承知で年俸アップにこだわるのは,その学がプロとして自分の評価を表すものであるからだろう。主婦にとっての家事労働にも同じことが言える。賃金を伴わない労働(不払い労働)ではあるけれども,「料理の上手な主婦」「家計のやりくりが上手な主婦」として認められたいのである。「だめな学生」「仕事のできない社員」「やぶ医者」「だめな主婦」として見られることはなんとしても避けなければならない。
 第三に,「私は愛されるべき人間である」ということ。これは家族や友人や恋人といった私的な人間関係の場面において重要なものである。「私は有能な人間である」というのが自分の能力についての承認であるとすれば,「私は愛されるべき人間である」というのは自分の人柄(人格)についての承認である。前者は社会的評価を求め,後者は他者の愛情(好意)を求めるものである。私たちは人から「優しい人」「素敵な人」「いい奴」「かわいい人」「大切な人」として認められたいと思っている。「私は有能な人間である」ことを認められたからといって,「私は愛されるべき人間である」ことを認められるとは限らない。二つのことは,まったく無関係とはいえないが(仕事のできる人を好きになる場合もあるから),基本的には別のことである。「社会的には成功するが,誰にも愛されることのない人生」と「社会的には成功しないが,自分を愛してくれる人のいる人生」とどちらを選ぶかと質問されたら,たぶん,ほとんどの人は後者を選ぶのではないだろうか。これは好みの問題というよりも,そう答えることを期待されているからである。現代社会は愛情に至高の価値をおく社会,愛情至上主義社会なので,愛情よりも成功を選ぶ人間は「変わった人」と見られがちである。すなわち「私はまともな人間である」という自己呈示に失敗してしまうのである。

大久保孝治 (2013). 日常生活の探求:ライフスタイルの社会学 左右社 pp.47-49
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