「大きくなったら何になる?」という質問は将来の職業を尋ねている質問である。子どもが誤解をして,「ウルトラマンになる」などと答えたら,大人は笑いながら「かわいいね」と言うだろう。そうした反応を見て,子どもは自分の間違いに気づいてゆく。自分が将来なりたい職業を聞かれているのだということを学習する。
当初,子どもは「ケーキ屋さん」とか「お花屋さん」とか自分の好きなもの,自分の欲求と直結した職業名でもって回答するだろう。しかし,そのうち,「医者」とか「弁護士」とか「ピアニスト」とか社会的な人気の高い職業名で答えるようになっていく。大人たちは「それはすごいな,頑張りなさい」と褒め,励ましてくれる。社会的威信の高い職業は「いい職業」「立派な職業」なのである。さらに時間が経つと,子どもたちは社会的威信の高い職業は難易度も高いことを知り,自分の能力や才能などを考慮しながら,進路の調整を行うようになる。このとき新たに導入されるのが「個性」や「自分らしさ」という観点である。職業は,他の社会的役割がそうであるように,たんに社会的要請に応えるためのものではなく,自己呈示のチャンネルだからである。かくして現代の若者たちは「自分らしい職業」「自分に向いた職業」を志向することになる。
大久保孝治 (2013). 日常生活の探求:ライフスタイルの社会学 左右社 pp.74-75
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