世間の人は,大学の先生とは,社会から隔絶された環境にいる人間で,現実社会の厳しさを知らないだろう,と想像しているはずだ。ところが実際には,大学の先生は,会社でいえば,社長も社員もバイトも含めて,全部の仕事を1人でしなければならない。営業も広報も人事も秘書もすべて自分でする。技術もマネージメントも人に任せることはない。また,大学の運営の仕事があり,学会の委員会がある。これは政治ではないか,と思える仕事も多々ある一方では,お客が訪ねてくれば,自分でお茶を淹れて出さなければならない。代わりに電話に出てくれる者はいない。教授でも,コピィは事務室まで自分で撮りにいくのである。
だから,普通の会社員よりは,世間というものをたぶん理解しているだろう,と僕は思う。ただ,人間関係がこじれたときに,「あいつとはつき合わない」という選択ができる。自分の研究,自分の研究室という逃げ場があるからだ。また,なにをしていても,首を切られることがない。その最低限の安全が保証されている点も,自由でいられる大きな要因だろう。
森博嗣 (2013). 人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか 新潮社 pp.135-136
PR