今日,イェオウァ・サンクトゥス・ウヌスという名前はあまりおなじみではないかもしれないが,彼はその時代,並ぶもののない最高の知識人だった。これを書いたときすでに自然界の暗号を解読していて,その名声は,アインシュタインをして,彼を「われわれが深く尊敬するに値する」「天才的な発明家」と呼ばしめるほどだった。では,この「聖なる神エホバ」とはいったい何者なのか。モーセから代々ピュタゴラスやプラトンといった輝かしい継承者たちに伝わっていった秘密の知識,いわゆる「古代の知恵(プリスカ・サピエンティア)」を持つこの男は……。
時を経て1936年,老舗競売会社のサザビーズから329口の手書き原稿の束が売り出された。その3分の1以上には,賢者の石を作る試みが詳述されていた。1727年の筆者の没後,これらの手稿は「印刷に値せず」と書きつけられたまま,ずっとしまい込まれていたのだが,それは賢明な判断だった。この文書はイェオウァ・サンクトゥス・ウヌス,すなわち,ありふれた金属を純金に変えることに生涯取りつかれていた男の正体を明らかにしていたからである。彼はほかでもない,サー・アイザック・ニュートンだった。
われわれの知るかぎり,ニュートンはアンチモンや鉛を——もちろん,ほかのどんな金属も——黄金に変えることには成功していない。とはいえ,彼の生涯のこの時期はきわだって生産的だった。錬金術の実験のあいまに,深い数学的洞察を示した『自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)』を著し,自らの発見した万有引力の法則について解き明かした。しかし彼の生涯の研究目標であった卑金属から貴金属への変性の方法は,ついにとらえることができなかった。その謎が解き明かされるには,さらに200年近くがかかった。
アルバート=ラズロ・バラバシ 青木薫(監訳) 塩原通緒(訳) (2012). バースト!人間行動を支配するパターン NHK出版 pp.74-75
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