ラザフォードは,よく引用される,こんな傲慢な言葉を発したことで知られている——「科学には物理学しかない。あとはみな切手収集のようなものだ」。たしかに,物理学の究極の目標である基本原理や方法の探索は,トランジスタから宇宙旅行にいたるまで,今日の多くの目覚ましい進歩の土台となっている。とはいえ,このアプローチではうまくいかない分野も,科学には数多くある。細胞の悩ましいまでの複雑さに直面した生物学者や,人類の神経回路の不思議さに恐れ入った脳科学者,あるいはバブル経済にもなれば恐慌にもなる迷宮のような社会経済の変遷を前にして途方にくれる社会科学者や経済学者は,これまでしばしば,自分たちの分野には基本法則など存在しないのかもしれないと論じてきた。その意味で,普遍法則を執拗に探し求める物理学者のやり方は,よく言っても見当違い,悪く言えば失敗するに決まっていると,そう見なす人も多いのである。
アルバート=ラズロ・バラバシ 青木薫(監訳) 塩原通緒(訳) (2012). バースト!人間行動を支配するパターン NHK出版 pp.78-79
PR