もし戦いが本当にランダムな性質のものなら,突出した犠牲者を出す争いはほとんどないはずだ。しかしリチャードソンが調べた結果は,そうではなかった。1820年から1949年までの282件の戦いのうち,188件は,死者が数千人でおさまるマグニチュード3以下の比較的小規模の争いだった。約1万人の犠牲者を出した交戦はそれより少なく,正確に言うと63件がマグニチュード4に相当した。ところがマグニチュード6にあたる争いも6件あり,数千万人の命を奪ったマグニチュード7の戦争も2件あったのだ。
このマグニチュード7の戦争は容易に想像がつくだろう。もちろん,ふたつの世界大戦である。1000万人からそれ以上の犠牲者を出したマグニチュード6の6件の紛争を言い当てるのは,それほど簡単ではない。規模の順に挙げると,太平天国の乱(清朝中国,1851-1864年),スペイン内戦(1936-1939年),国共内戦(中国,1927-1936年),南米の三国同盟戦争<ラプラタの大戦>(1865-1870年),北米の南北戦争(1861-1865年),およびボリシェヴィキ革命に続くロシアの内戦(1918-1920年)である。
詳細に調べた結果,リチャードソンは犠牲者の数がある単純な数学的法則にしたがっていることに気づき,それを単純なフレーズに集約した。「少ないほど,大きい」がそれである。つまり,紛争の大多数は地味な小競り合いで,せいぜい数百人の死者しか出していなかった。しかし莫大な数の犠牲者を出すような壮絶な衝突は,規模が大きくなるほどデータベースに現れる確率が少なくなっていた。
じつは,このパターンに気づいたのはリチャードソンが最初ではなかった。19世紀の経済学者ヴィルフレド・パレートは,大多数の人々が貧乏である一方,ごく少数の人々だけが異様なほどの富を蓄積していることに気づいた。金持ちが存在すること自体は,べつに驚くにはあたらない。たとえ富がランダムに獲得されるとしても,誰かが別の誰かより金持ちになるのは当然だからだ。しかしパレートが調べたところ,その一部の金持ちは,ランダムな富の配分では説明しきれないほど金持ちだったのである。リチャードソンとパレートの研究は,戦争や収入が,いわゆる「ベキ法則[ある変数のベキ(累乗やn乗など。nは定数)で変化する法則。たとえば,y=x^2などのベキ関数にしたがって変化するもの]」にならっていることを示していた。厳密に言えば,多数の小さな事象が,少数のとてつもなく大きな事象と併存しているのである。つまりひとつの世界大戦や,ひとりのゲイツやロックフェラーにつき,無数の小さな紛争や,何百万もの貧乏人が存在しているというわけだ。
アルバート=ラズロ・バラバシ 青木薫(監訳) 塩原通緒(訳) (2012). バースト!人間行動を支配するパターン NHK出版 pp.149-150
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