私たちが人間の移動に関する研究論文を出したあと,それについてのニュース記事が書かれたことで,各個人についての情報がすでにどれだけ無数に集められているかに,ようやく気づいた人が大勢いた。なかには最初の本能的な反応として,私たちの発見について知ったとたん,いきなりただの伝令に突っかかってくる人もいた。その知らせを伝えた私たちを,オーウェルの『1984年』の「ビッグブラザー」呼ばわりしたのである。その後は何日も眠れない夜が続き,私はこう自問せざるを得なかった——いったい研究者の役割とはなんなのだろう?これはとくに目新しい疑問でもない。核エネルギーから遺伝学にいたるまで,あらゆる専門家の科学者が何十年も前から悩まされてきた問題である。人間力学と同様に,それらの分野は新薬からクリーンエネルギーまで,さまざまな利益をもたらしている。だが一方で,それらには核兵器から遺伝子組換えのおぞましい産物「フランケン・バグ」まで,さまざまな暗い面も付き物なのだ。
今日,人間力学の研究をしている人はみな,そうしたジレンマにますます悩まされるようになっている。監視国家や監視コングロマリットの誕生に知らず知らず手を貸すのをどうしたら避けられるのか?このままいけば,それこそ『1984年』の再来ではなかろうか?
アルバート=ラズロ・バラバシ 青木薫(監訳) 塩原通緒(訳) (2012). バースト!人間行動を支配するパターン NHK出版 pp.322-323
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