その第1は,仮設を全面的に書き換えてしまうことです。例えば「Xの足の数は決まっていない」というような仮設——それが仮設として何らかの意味をもっているかどうかは今問わないとして——に書き換えてしまう,という方法であるわけです。
第2の選択は,アド・ホックな書き換えとでもいうべきものです。アド・ホックということばはラテン語ですが,日本語にぴったりのことばがない(実は,英語やその他のヨーロッパ語にも適当な語がないので,このラテン語がそのまま使われているのですが)ため,こんな呪文のような片仮名を使わせていただきます。この語の元々の意味は,「このために」ということなのです。つまり,「ある特定のこれだけのために」という意味ですが,うんと意訳をしてしまうと,アド・ホックな方法というのは,こそくな方法と言い換えられるかもしれません。全面的に書き換えるのではなく,「特定のこの」例,つまり「X3の足の数は3本ではない」という観察例だけを何とかつぎはぎ的に処理しようとする方法と考えていただいてよいと思われるからです。例えば「Xの足の数は一般的に3本であるが,ごく稀な例外として2本のこともある」というように仮設を書き換えるのがそれに当たります。
このように書き換えると,論理的には,新しくつぎの予言を導出することができなくなります。新しく書き換えられた仮設からは,もはや「X4の足の数は3本であろう」という予言は演繹できないからです。実はここに,統計という問題をめぐるやっかいな論点があります。例えば,この書き換えられた仮説をもっと厳密めかして書いてみます。「Xは99パーセントは3本の足をもつが,1パーセントは2本の足をもつ」と。
村上陽一郎 (1979). 新しい科学論:「事実」は理論をたおせるか 講談社 pp.59-60
引用者注:筆者はあえて「仮説」ではなく「仮設」という言葉を用いている。
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