ボルツマンという天才的な物理学者が,たいへんおもしろいことを言っています。「科学者は裸がお好き」というのです。この場合の「裸」というのは,いろいろな余計なものを取り去ってしまった,ありのままの,裸のデータ,ということなのですが,人間は,自らのなかのあらゆる先入観や偏見を捨てたり,ただひたすら眼をしっかり見開いていれば(穴をちゃんと開けていれば),かならず,ありのままの,裸の,正しい外界からの情報をみて取ることができるのだし,科学者こそ,そうした態度を強く維持しなければならない,という信念を,これほどたくみに表現した言葉もありますまい。
このように外界の認識に際して,自らのもつ偏見や先入観をすべて捨てることがたいせつなのだ,という信念は,今日のわたくしどもの間にも広く拡がっています。例えば,正統的なマルクシズムが強くその信念を主張しています。
村上陽一郎 (1979). 新しい科学論:「事実」は理論をたおせるか 講談社 pp.88
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