われわれがどのように意思決定をしようと,効用を最大化することが求められる数学的な世界ほど厳密でも,完全でもない。情報を隅に追いやり,可能性を検討しないまま人生を送っている。われわれは仕事をすることから部分的にしか満足を得ていない。そして,ここでとりあげた例は,人生における厄介な問題を考慮に入れてさえいない。それは不確実性である。われわれが行う選択の大部分では,その結果は確実に起こると考えているわけではなく,ある確率で起こると考えている。
そうした考え方が行動経済理論の基礎をつくっているが,経済学者はしばしば,「合理的人間」を前提に置いてわれわれに重荷を背負わせたことについて弁明し,この考え方は割り引いて受け止めるべきだと説く。なかには,われわれは合理的人間モデルにしたがって意思決定をしていないことを認める経済学者もいる。合理的人間モデルにしたがうのであれば,問題の本質を理解し,考えられる代替手段を比較して選好を明確にし,複雑な最適化を定式化して,最終的な行動手順に行き着くというプロセスを経なければならない。そのため,われわれは合理的人間のように意思決定しているとは主張せず,たとえ明示的にそうはしていなくても,あたかもこの手順にしたがっているかのように行動すると主張する。言い換えれば,われわれの結論は,たとえどんな方法で導き出されようと,最後には,この形式化された「合理的人間」アプローチの結果として生じていたであろう結果になるということだ。
リチャード・ブックステーバー 遠藤真美(訳) (2008). 市場リスク 暴落は必然か 日経BP社 p.381-382
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