1670年に国王チャールズ2世の特許状により,「ハドソン湾で交易するイングランドの冒険家たち」の会社として創立されてから200年間,ハドソン湾会社は多くのライヴァルと競いながら,北米を基板とする世界的な毛皮交易の中心であり続けた。イギリスにとって17世紀は,冒険商人たちが急速に世界各地に進出した「商業革命」の時代であり(Braddick, 1998, p.292),ハドソン湾会社,東インド会社(創立1600年),王立アフリカ会社(同1672年)などが,それぞれの地域で通商独占を認められた。これら3社は,前世紀の冒険商人組合やレヴァント会社のような規制会社(レギュレイティド・カンパニー)ではなく,合本会社(ジョイント・ストック・カンパニー)だった。規制会社ではそれぞれのメンバーが共通の規約のもとで自己資本による貿易を行うのに対し,合本会社では株主が1つの事業体に資本を集中し,利潤や損失を折半する。株式が公開市場で売買されず,株主の有限責任性も確立していなかったから,近代的な株式会社とはいいがたい。それにもかかわらず合本会社は,遠距離貿易に必要な多額の資本を調達しえたし,海難や海賊による危険を分散できる合理的な組織だった。国王や議会は「外国貿易によるイングランドの財宝」(トマス・マン)を獲得するため,これらの会社を強力に支援し,有望な世界商品を生産する地域で排他的な通商独占権を与えたのである。
木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.12-13
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