要約してみよう。神経科学と薬の作用の神経薬理の知識は大いに増したが,理論のほうはここ50年ほとんど変わっていない。現在までに,薬理学的知見や技術が大いに進んだ。ところが情動に関する生化学的研究は,脳に全部で100以上あると推定される神経伝達物質のうち,せいぜい3つか4つのものとの関連にかぎられている。また,最新の抗うつ薬は,受容体に特異的に結合するようになってきているものの,従来と同じ少数の神経伝達物質にしか作用しない。薬の開発は,うつ病の原因や薬の作用メカニズムの理解が進んだからというより,市場を念頭において進められる。抗うつ薬は,うつ病の原因である生化学的欠陥を正常化することによって作用するとよく言われている。この文句は,売り込みには有効だが十分な証拠はない。
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.145-146.
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