最後に第4の影響として,「現地婚」の拡大がある。白人交易者と先住民(混血者を含む)女性との間には,双方の合意と社会的な認知にもとづく婚姻関係が広く成立した。民族間の差異や対立を克服した婚姻を通じて,萌芽的な「多民族社会」が生み出されたのであり,これが毛皮交易史のもっともユニークで魅力的な特徴の1つとなっている。2人の女性カナダ人研究者,シルヴィア・ヴァン・カークとジェニファー・ブラウンが突破口を開いてから,毛皮交易の女性史,社会史研究はもっとも豊かな成果を生みだしている。ヴァン・カークによると,「毛皮交易での白人とインディアンは,「文明」と「野蛮」が邂逅した世界のどの地域にもまして,もっとも対等な基板に立っていた」(Van Kirk, 1980, p.9)。初期の毛皮交易会社には白人女性は皆無であり,インディアン女性は生活のパートナーとしてだけでなく,労働力,ガイド,通訳としても有能だった。女たちは自分の出身部族と夫との毛皮交易を媒介する「文化的リエゾン」の役割をも果たしたのである。
木村和男 (2004). 毛皮交易が創る世界:ハドソン湾からユーラシアへ 岩波書店 pp.82
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