相関関係がいかに強くてもそれがそのまま因果関係とはならないことを,たいていの人は知っている。ところがこの事実は容易に忘れられる。傘を携えることと雨とは強い相関関係があるが,傘を携えているからといって雨が降るわけではないことを誰でも承知しているのに,脳の中の何らかの生物学的マーカーと精神障害の間に相関関係があることが発見されると,このマーカーを障害の原因だと信じ込むという落とし穴に容易にはまってしまう。脳がすべての精神的な経験において中心的役割を担っていることが知られていることがその1つの理由なのだろうが,論理的には,この関係は傘と雨の関係と変わりがない。人の精神状態や経験は脳に影響を与えうるし,逆もありうる。2つの事柄に相関関係があるとき,どちらが原因でどちらが結果であるか,自分でわかっているつもりになってはいけない。「原因」と「影響」が混同されやすい。また,2つのものに因果関係がなくても,大きな相関関係はありうる。たとえば,ほとんどの国で,名前が母音で終わる人は名前が子音で終わる人より,平均でみると,背が低い傾向が見られる。しかし少し考えてみればわかるように,最後の母音子音と背の高さに因果関係を想定すべき道理はない(注)。
(注)なぜ母音で終わる人のほうが背が低いかわかるだろうか?
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.167
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