行動が脳の構造を変えるという結論を支持しているのが,カリフォルニア大学バークレー校の心理学者マーク・ブリードラブの最近の報告である。頻繁に性行為を行う機会があったラットでは中枢神経系の大きさに変化が見られた。彼の結論は「性行為の違いが,脳の構造変化を引き起こしているのであり,その逆ではない」というものだった。下半身の活動が神経系の構造を変化させることができるならば,頭の活動が同じ効果をもたらさない理由はない。
経験がニューロンの構造や機能を変えられるという有力な証拠があるからには,精神障害の患者の脳に見られる何らかの顕著な構造的・生理学的特徴を見て,それをこの障害の原因だとみなすのが危険なことは明らかなはずだ。精神疾患患者は自分の世界に引きこもり,外部からの刺激をほとんど受けない状態になることもあるし,強迫的な行動を繰り返したり,あるいはまったく動きのない状態になることがある。また,興奮して同じ場所を行きつ戻りつし,睡眠や食事が過剰または過少になったり,妄想に取りつかれたりする。こうした思考や行動パターンのどれかが長く続けば,脳の物理的変化が生じる可能性がある。だから,特定の精神障害の患者に見られる「生物学的マーカー」がすべて,障害の原因だとは仮定できない。脳の生化学的,あるいは他の生物学的な変化は,患者の精神状態や行動によって生じたものかもしれないのである。
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.170-171
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