すぐに迷子になる人間とちがって,このアリは自分が今どこにいるかをつねに把握しているようなのだ。なぜそんなことができるのだろう?ひとつの可能性としては,すから匂いのようなシグナルが発せられていて,アリがすぐその位置を正確に察知できるということだ。アリが仲間の通った道を,匂いをたどって追いかけることがあるという話は有名なので,それは考えられる。しかしウェーナーは単純だが巧妙なテクニックを用いて,アリが匂いを追っているわけではないことを証明した。アリが砂漠でエサを見つけると,ウェーナーはそのアリをつまんで他の場所に移動させた。するとアリは,動かされてなければ巣があった「はずの」方向へまっすぐに向かった。アリの巣の位置とそこまでの距離を推定し,その情報を絶えずアップデートすることによって巣の位置を確認していることが,これで証明されたのだ。
自分の動きを細かく記憶し,その記憶から自分の現在位置を推測することを「経路積分」という。経路積分はウェーナーが研究していたアリをはじめ,さまざまなタイプの動物が持っているナビゲーション・ツールである。これは体の中にアリアドネの糸を持っているようなもので,実にすぐれたツールなのだ。
コリン・エラード 渡会圭子(訳) (2010). イマココ:渡り鳥からグーグル・アースまで,空間認知の科学 早川書房 pp.64
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