還元主義的な方法を用いると,より統合的現象の基礎にあるメカニズムを理解することによって現象自体の理解が進むが,そうした「下から上への」アプローチが科学を押し進める唯一でかつ,つねに最善の方法だと考えるのは間違いである。精神障害に関して生化学的アプローチを用いた研究が行われ,神経化学や薬の作用についておびただしい知見が蓄積している。だが,精神疾患に関して,どれほど理解が進んだかは怪しい。生化学的なバランスの崩れが本当に精神障害の原因であるかは明らかではないし,仮定された生化学的なバランスのくずれがあったとしても,それがどのようにして,それぞれの精神障害に特徴的な情動,認知,行動の諸症状を発現させるのかについても,いまだ,わかっていない。精神現象の次元と生化学現象の次元の隔たりはきわめて大きく,まだ橋渡しできていない。
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.182
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