自意識に不可欠な要素は(この自意識とは,ティーンエージャーのぎこちなく頼りない自意識ではない。原因因子,つまり物事を起こせる存在としての自分を客観的に見られるということだ)空間を抽象化する能力である。自分の体の外にある視点に立つことができなければ,自分の目や耳で確認できないところで,物理的な世界が維持されていることを理解することもできないし,自分の体がその世界の中にいるときとのちがいもわからない。自分が実際その中にいる世界と,いない世界のちがいを理解することこそ,人としてのアイデンティティの核心である。
自分を中心とした視点からではなく,客観的な視点から空間を見る能力がないと(つまり自分がいなくても世界は回るということをわかっていないと),時間の経過についても理解しているとはいえない。心理学的には,時間は動きと密接に結びついている。地平線は未来のどこかを表わし,振り返ればそこに遠い過去からこれまでの道のりがある。時間の概念がなければ,自分もまた個人としての歴史を持つ永続的な存在であると考えるのは難しい。自分のそれまでの経験をひとつの個人史としてまとめられるのは,時間という糊だけなのだ。
コリン・エラード 渡会圭子(訳) (2010). イマココ:渡り鳥からグーグル・アースまで,空間認知の科学 早川書房 pp.133-134
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