この音楽に関して,私を非常に悩ますもう1つの事柄があった。証人たちにとってゲイは不道徳の最たるものである。だからそんな不道徳な人が創る音楽は,不道徳である,というレッテルを貼られる。また歌詞も,クリスチャンから見て不適切な内容になるので罪になるという。困ったことに,私が大好きだったエレクトロ音楽の多くは,ゲイ・アーティストによるものだった。しかし私にはどうしても,ペット・ショップ・ボーイズ,ジョージ・マイケル,ボーイ・ジョージの音楽がサタンのものだとは思えなかった。そこで,こういう音楽を好む自分は,霊的でないのではなかろうか,とかなり深く悩むハメになる。自分の嗜好や感性に問題があると思い込まされてきた。
組織の幹部は,クラシックのような健全な音楽を聴きなさいと言っていた。しかし私には,これも謎であった。私の知っている限り,モーツァルトは女好きで不道徳であった。ゲイはダメだけど,女にだらしないモーツァルトの作曲する音楽は良しとする理屈が分からなかった。しかし,こういったことが次第に私の中に大きな葛藤をもたらすようになった。
佐藤典雅 (2013). ドアの向こうのカルト:九歳から三五歳まで過ごしたエホバの証人の記録 河出書房新社 pp.179-180
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