アルコール依存症,躁うつ病,統合失調症,同性愛,その他数多くの障害,あるいは性格特性等の原因となる遺伝子(数個の遺伝子の場合もある)が見つかったという主張が最近されているが,これはあまりあてにならない。追試がきかなかったり,研究の対象となっている特性をもつ人の中の少数にのみ当てはまるにすぎない。こうした主張がある一方で,遺伝子が行動や精神状態をつくりだすのではないと,根本的な批判をする人もいる。遺伝子は,アミノ酸やタンパク質から解剖学的構造と経験の相互作用の産物である。ここで経験とは,過去の経験で覚えているものと,現在の経験と,将来の経験の予想をいう。ある種の行動や精神状態が遺伝的因子に影響される確かな証拠があっても,それはそうなりやすい傾向があるということであって,そうなると決まっているわけではない。一卵性双生児ペアは遺伝子が同一であるが,一卵性双生児のひとりが統合失調症か若年性(一型)糖尿病の場合,もう一人がこうした疾患を患う確率は50パーセント以下である。
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.186
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