統合失調症やうつ病,特に躁うつ病は,家系で代々受け継がれる傾向があることに留意していただきたい。この傾向それ自体が,遺伝の関与の証拠にはならない。貧乏だって,家系で代々受け継がれる傾向が見られるのだ。現代の疫学研究は,昔のものより格段に進歩している。現在,精神障害の遺伝関与を裏づけるいちばん確かな証拠は,一卵性双生児と二卵性双生児の比較研究や養子を対象とした研究から得られている。簡単な例をあげると,統合失調症の場合,一卵性双生児のひとりが統合失調症と診断されれば,もうひとりが統合失調症である確率は,研究によって多少の違いが見られるものの,おおよそ35〜50パーセントである。同性の二卵性双生児の場合は,両者の遺伝組成は双子でない兄弟の場合と同程度に異なり,同様に罹患する確率(一致率)ははるかに低く,7〜14パーセントである。一卵性双生児のほうが多少,養育のされ方まで一緒だということはあっても,一卵性双生児と二卵性双生児は,基本的に家庭環境が同じである。そのためこのことが,統合失調症への遺伝関与を裏づける確実な証拠とされている。養子で統合失調症になった人を対象にした研究の結果も,遺伝の関与を裏づける証拠になっている。養子が統合失調症を発症した場合に,育ての親よりも生みの親のほうが統合失調症である場合が多い。躁うつ病でも,同様な結果が出ている。
現在のところ,躁鬱病や統合失調症を引き起こす遺伝子を発見したという報告があっても,どれも再現性があったためしはない。たいていの場合,ある種の疫学的なアーティファクトのために,正当性が否定されてしまう。しかし,データの検討を行ったこの方面の専門家たちは,多くの精神障害の原因に確かに遺伝関与があるという。特定の精神障害になりやすい体質は遺伝すると考えるのが妥当だろう。ただし,「素因」という病理学由来の言葉は,特定の病気に罹りやすい体質,もしくは傾向があることを意味し,実際に発症するのはある条件下においてだけである。
エリオット・S・ヴァレンスタイン 功刀 浩(監訳)・中塚公子(訳) (2008). 精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構 みすず書房 pp.191-192
PR