たしかに雇用や企業のシステムが重要という点で,またそのシステムの理解は大筋であたっている,とわたくしもおもう。だが,わたくしからすれば,ここにいささかの認識不足があると考える。認識不足はつぎの2点である。
第一,日本の職場でのおどろくべき個人間競争の広がりである。この本の第1章で記したように,日本は生産職場でも正社員ならば査定が普及している。それは集団内の個人間競争の激しさである。リンカーンたちは査定の有無まではみているが,それがもたらす激しい個人間競争,それが生産労働者にまで広がっていることの重要性を認識していない。おそらく,ここから日本の働く人があまりハピーでない状況を説明できよう。競争が広まっているとは同時に敗れる人たちもはるかに数多い,ということにほかならない。それならば,ハピーでない人が多いのは,むしろ当然の帰結であろう。
第二,人材形成の広がりである。その激しい個人間競争が,技能の向上度を基軸として展開されていることへの認識不足である。個人間競争がたんに上長のひいきに堕するようなら,職場の仕事ぶりがよいはずがない。仕事ではなく「ごますり」で出世するような企業が,激しいグローバル競争を勝ち抜けるはずがない。もちろん上長による,あるていどのひいきは避けがたい。それは査定をとる,どの国どの企業どの職場にもあるだろう。だが,それがすべてではとうていよい仕事ぶりを期待できまい。日本の生産職場は技能の向上度を大いに重視し,そのゆえに職場のパフォーマンスが依然高いのではないであろうか。
小池和男 (2009). 日本産業社会の「神話」:経済自虐史観をただす 日本経済新聞出版社 pp.67-68
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