このほかにも,同じ頃の北野神社では,神前に奉納した連歌の内容がヘタだといって「笑」ったことで,北野社の社僧と参詣人が喧嘩になり,一方が撲殺されてしまうという事件が起きるなど,この時代には「笑うー笑われる」を原因とした殺傷事件は後を絶たない。それほどまでに彼らは傷つきやすく,「笑われる」ということに過敏だったのである。しかも,ここで稚児や遊女に笑われたのを理由にして大惨事を巻き起こした人々は,とくに侍身分というわけではなく,いずれもただの僧侶であったり,たんなる「田舎人」である。彼らの場合,稚児や遊女といった自分たちよりも身分の低い者から笑われたのが,どうにも許せなかったのだろう。この時代の人々は,侍身分であるか否かを問わず,みなそれぞれに強烈な自尊心「名誉意識」をもっており,「笑われる」ということを極度に屈辱と感じていたのである。もちろん室町人の中にも個人差はあり,その程度は人それぞれであるが,それはおおむね現代人の想像を超えるレベルのものだったようだ。
清水克行 (2006). 喧嘩両成敗の誕生 講談社 pp.16
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