なかでも滑稽なのは「押蒔き」や「押植え」といった行為である。これは,係争中の土地の支配を主張するために,その土地に勝手に作物の種を蒔いたり,苗を植えたりしてしまうことをいう。もし訴訟相手からこれを強行された場合,された側は「種まきや田植えの手間がはぶけた」などといって呑気に笑っていてはいけない。すぐにその土地に駆けつけて田畑を「鋤き返し」(耕しなおし)てしまわなければならないのである。なぜなら,それを放置すれば相手の用益事実を認めたことになってしまい,中世社会の場合,それは即,その土地の秋の実りのみならず,その土地自体を手に入れることができてしまうことになる。中世社会では「種を蒔くこと」や「苗を植えること」に,その土地の支配権につながる象徴的かつ物神論的な意味が込められてしまっていたのである。これなどは現代人には理解に苦しむ本末転倒した話ではあるが,当知行の論理とはそういうものだったのである。
清水克行 (2006). 喧嘩両成敗の誕生 講談社 pp.107
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