何より不穏な話を語ったのは,精神医学の世界で私が最も古くから知っている友人だった——知恵,経験,誠実さを兼ね備えた人物で,統合失調症の苦しみを和らげることに生涯を捧げていた。彼が確信していたのは,「精神病リスク症候群(PRS)」という新しい診断を導入し,いずれ統合失調症を発症する恐れのある若者の早期発見と予防治療を進めれば,DSM-5は劇的な影響を及ぼせるということだった。この友人は,時間が経ってから負担の重い治療をするかわりに,早いうちに負担の軽い介入をしたがっていた。ひとたび脳が病んでしまうと,もとどおりになおすのは困難になる——妄想や幻覚を生み出す回路が使われれば使われるほど,それを切るのはむずかしくなる。だからこそ,統合失調症を完全に予防できればすばらしいことだし,たとえそれが無理でも,病気の全体的な重荷を軽くすることができればやはりすばらしいことである。
目標としては立派な話だが,これには5つの強力な反論ができた。第1の反論は——「精神病リスク症候群」という恐ろしげな診断をくだされる人たちのほとんどは,実際には誤ったレッテルを貼られるだけだ——ふつうに考えれば,精神病になる人の割合はごくわずかだろう。第2の反論は——実際に精神病を発症するリスクがあったとしても,それを予防する確実な方法はない。第3の反論は——多くの人たちが,肥満や糖尿病や心臓病を引き起こして寿命を縮めかねない抗精神病薬を必要もないのに飲まされて,二次被害に苦しめられるだろう。第4の反論は——もうすぐ精神病になるという推測が完全に誤っていれば,偏見と不安を生む。第5の反論は——「リスク」があることと,「病気」であることが,いつから同じになるのか。私は友人の考えを変えようと試みたが果たせず,こちらの意見に少しでも耳を傾けさせることさえできなかった。「精神病リスク症候群」はすでに走り出していた。友人の理想は,意図せざる悪しき結果という悪夢を生むとしか思えなかった。
アレン・フランセス 大野裕(監修) 青木創(訳) (2013). <正常>を救え:精神医学を混乱させるDSM-5への警告 講談社 pp.22-23
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