ところが,1970年代はじめに突然,診断は精神医学を転覆させかねないアキレス腱だと暴かれた。精神医学は歴とした医学分野であるというお墨付きをもらったばかりだというのに,ふたつの広く出回った文書が,その存立を脅かすことになった。ひとつめの衝撃は——イギリスとアメリカの国際共同研究により,たとえビデオテープで同じ患者を評価する場合であっても,大西洋の両側で精神科医の診断が大きく異なることがわかったのである。ふたつめの衝撃は——頭の切れる心理学者が,精神科医をたやすく不正確な診断へと誘導できるだけでなく,まったく適切でない治療にも誘導できることを示したのである。この心理学者が教える大学院生の数人が,別々の緊急救命室へ行き,幻聴が聞こえると訴えた。するとみな,ただちに精神科病棟に移され,その後は完全に正常にふるまったにもかかわらず,数週間から数ヶ月間も入院させられた。精神科医は信頼出来ない時代遅れの藪医者で,ちょうどそのころ全医学分野を最新化しつつあった研究革命に加わる資格がないかのように見られた。
アレン・フランセス 大野裕(監修) 青木創(訳) (2013). <正常>を救え:精神医学を混乱させるDSM-5への警告 講談社 pp.113-114
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