診断のインフレをもたらしているもののなかでも,愚劣きわまるのはアメリカの医療保険の仕組みだ。医師は支払いを避けるために,診断を承認してもらわなければならない。これにはむやみな診察を防ぐ目的がある。しかし,意図せずして,賢明なコスト管理とは正反対の結果をもたらしている。まだ重い症状が出てもいないのに,保険金が支払われる精神科の診断に患者が殺到するため,自然に解消されたはずの問題に不必要な治療をほどこす事態になりがちだからだ。そういう治療は有害になりかねないし,高額な場合が多い。ずっと安上がりで,保険会社にとっても得になるのは,注意深く見守りながらカウンセリングをおこなう医師に保険金を支払うことであって,すぐさま結論に飛びつくのは長い目で見れば非常に高くつくのだから,そういう診断をする医師に報酬を与えないことだ。他国は,このきわめて賢明な解決策を指針にしている。
アレン・フランセス 大野裕(監修) 青木創(訳) (2013). <正常>を救え:精神医学を混乱させるDSM-5への警告 講談社 pp.148
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