つぎに述べるような自己診断のリスクはめったにないが,かなり有害になる恐れがある。一部の人々で,情報の追求が一種の心気症をもたらすことがある。覚えておいてもらいたいのだが,精神障害の各症状はごくありふれていて,生きていれば避けられない。不安,抑うつ,注意欠陥,記憶喪失,むちゃ食いなどの症状がたまに顔をのぞかせることはだれにでもある(ほかにもそういう症状は何十もある)。しかし,ほとんどの人は精神疾患ではない。本に載っているすべての疾患を自分が患っているように思えるなら,逆にどの疾患にもいっさいかかっていなくてマニュアルの読み過ぎである可能性のほうがずっと高い。
最後に,生半可な知識は危険になりうる。自分自身だけでなく,家族,友人,とりわけ上司にまでレッテルを貼るのは楽しいかもしれない。特に争いのさなかでは,それは卑劣な攻撃に繋がりやすい。ダーツのように診断を投げつければ相手は傷つくし,偽の情報が偽の情報を呼ぶという悪循環が生じかねない。しかし,大多数の人々にとっては,自己診断の利益はリスクをはるかにうわまわる。
アレン・フランセス 大野裕(監修) 青木創(訳) (2013). <正常>を救え:精神医学を混乱させるDSM-5への警告 講談社 pp.358-359
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