今でこそ心理学は市民権を得た周知の学問として認識されているが,当時は心理学をやっていると言うと,
「えっ,心理学ってなんや?」
「ずっと昔,僕も心理学の講座を高等学校(旧制)のとき受講した覚えはあるが,なんか難しい哲学のようなもんかいな。何も記憶に残っとらんな。どんなことしとるんや?」
という問いが降ってきて,その目の裏に「あんた変人なんやな」という光が漂う。その問いに答えようとしても,4年間学部で心理学の授業を受けたにもかかわらず,自分自身が未だ心理学という研究領域が何をする学問なのかはっきりと分かっていなかった者にとっては答えるすべもなかったように思う。古武先生は「心理学とは?」という質問がきたら「心理学とは行動の科学じゃ,と答えたらええんじゃ」と実にシンプルに言われるものの,心理学に足を踏み入れたばかりの駆け出しにとってはそれも理解の外であった。
三宅 進 (2006). ハミル館のパヴロフたち:もうひとつの臨床心理学事始め 文芸社 pp.23-24
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