「関学の研究室は学習の研究を実験的にやっているところだから,性格とか人格といったたぐいの文献は本学図書館にはない。アメリカ文化センターならそういったものの最新情報を載せた雑誌があるはずや」
ということになって大阪市内船場にあったアメリカ文化センターに足を運んだ。そして行き当たったのがロールシャッハ・テスト(Rorshach test)の研究を特集した文献であった。これが私が初めて出合った臨床心理学の文献である。
私は辞書を片手に連日通いつめ,訳の分からない図柄を見て,それが何に見えるかを問い,その答えで性格を分析するものであるということがおぼろげながら分かってきた。ところがそのオリジナル図版が研究室にも図書館にもない(1952年当時)。研究誌に載っている図版は,全部がモノクロームの小さな写真で,全体の図柄の一部分をピックアップし,詳細な分析を加えた代物がほとんどである。オリジナル図版にでくわしたのはそれから間もなくであったが,「なるほどすごいことを考えたもんじゃ。アメリカ人は偉い。戦争に負けるのも当たり前や」と,ロールシャッハ・テストがアメリカのものであると信じる無知なる男は,単純に感に耐えてその図版に見とれていた。見て感心しているだけでは卒論に届かない。といって分析のことを細かく解読してゆく英語力も,心理学の知識もない。そこで考えたのがロールシャッハの10枚の絵柄であった。その中には色彩のある図版があるが,「もし色抜きのモノクロームであれば反応が違ってくるのではないか。よし,これや」と,色彩図版と同じモノクロームの図版を作って比較してみようと思い立ったのである。「これは実験や。うちの教室にふさわしい仕事になる」と思い込んだのである。そして,誰の指導も受けないで卒業論文を仕上げた。
三宅 進 (2006). ハミル館のパヴロフたち:もうひとつの臨床心理学事始め 文芸社 pp.27-28
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