たとえば当時購入した某国立大学の若手の有名な先生が書かれた『性格の診断』という本を読むと人格テストのノウハウが要領よく並べ立てて書かれ,それなりに人格テストの上面が理解できるようになっている。しかしその本の<TAT>という項目で致命的な誤訳がある。
TATの説明で数十枚のカードの中に1枚だけ「黒くぬりつぶしてある(何も書いていないカード)」と書かれている。臨床心理学者を標榜する著名なこの方は,当時,時代の先端を行かれていたと思うのだが,TATのカードの中に真っ黒なカードは存在しないのである。ただ,何も書かれていない真っ白なカードは存在する。この先生は文献を読まれて,まだ実際にTATの実物をご覧にならないまま『blank(しろ)』を『black(くろ)』と読み間違えたのであろう。なるほどその種の読み間違いはありうるとは思うが,かわいらしい間違いではすまされないように思うのだが……。
三宅 進 (2006). ハミル館のパヴロフたち:もうひとつの臨床心理学事始め 文芸社 pp.60-61
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