ところで問題なのは,「誤差とは測定値から真の値を引いたものである」という定義です。辞書の説明が十分に役に立たないといったのは,何も辞書の責任ではなく,そのもとになっている技術の考え方の方にあるのです。
文部省の国立国語研究所に,言語変化研究室というのがあり,かつて,用語について質問をしに行ったことがあるのですが,「個々の用語の定義は当事者同士で解決して欲しい」といわれました。前にも紹介したことがあるのですが,多くの技術用語は外国から輸入されたものを,適当な漢語を使って合成しています。したがって,輸入経路と用語の作成者によって,まちまちとなりますから,国語学者がいちいち付き合っていられないということでしょう。
しかし,誤差については用語の表わし方というより,定義そのものに問題があるのです。我々は真の値が不明だからこそ,真の値の代わりとなる測定値を求めるのです。ということは,測定値を求めたからといって誤差が求まるわけではありません。
むしろ,真の値が分かっていれば,そもそも測定などをする必要がなくなるのです。結局,どこまで行っても誤差は求められないのです。ところが多くの人は,測定をすれば,簡単に誤差が求められると思っていることから,混乱がはじまります。
矢野宏 (1994). 誤差を科学する:どこまで測っても不正確!? 講談社 pp.22-23
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