かつてデリバティブは,刑法上の賭博罪にあたるのではないか,と言われた時期がありました。1980年代のことです。賭博とは,刑法の世界では「偶然の事情により勝ち負けを決め,財物のやり取りをすること」と解されています。「デリバティブが賭博とは,そんなばかな」と,筆者が,当時仕事上の必要もあって,法務省の担当官に確認しにいったところ,やはり賭博罪の構成要件(法律の文言に定められた形式要件)に該当するとのことでした。刑法で賭博罪を定めた趣旨から言って,それはおかしいと強く反論しましたが,彼の意見は変わりませんでした。
構成要件に該当する場合でも,別途法律で認められた行為であったり,正当な業務上の行為である場合には,違法でなくなります。その後の金融関係の法律改訂で,広くデリバティブが認められることになりました。
デリバティブに失敗して大きな損失を抱えた,そんな話を聞くたびに,あの時,必ずしも金融の専門家ではない法務省の担当官が示した判断は,ある意味正しかったのではと思います。
植村修一 (2013). リスクとの遭遇 日本経済新聞社 pp.142-143
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