自閉症が単一遺伝子疾患でないのは明らかである。なぜなら,家族内における遺伝がメンデルの法則に従わないからである。研究者の予測では,自閉症にはおもに3つの遺伝子が関与しているのではないか,と考えられてきた。もしそうであるなら,1990年代後半に開発された分析手法を用いて,3つの遺伝子それぞれが,はっきり確認できる大きな影響力をもつことが判明するはずだった。
ところが現実には,そうはならなかった。自閉症患者が子どもをもつことはあまりないため,遺伝的研究には限界がある。つまり,世代を超えて遺伝すると思われる家族の,家系図を用いた直接的な研究ができないのだ。そこで,間接的であまり有効でない手法による研究を行うことになる。すなわち,子どもが2人とも自閉症であるような,いわゆる「自閉症多発型家族」を対象とする研究に専念することになる(しかし自閉症の子どもをもつ親は,もう1人子どもをつくることを断念することが多いので,そのような家族は稀である)。そして,染色体のどの特定領域が,両親から子どもに受け継がれたのかを調べる。複数の家族員に同じ領域が見つかるなら,それらの領域には原因遺伝子があり,それらのある種のバージョンが発病を促すのではないかと推論できる。その推論に基づき,DNAのそれらの領域を丹念に調べ,そこに含まれる遺伝子の一覧表をつくり,それらのうちどの遺伝子が自閉症の子どもの場合では異なっているのかを,見つけ出せばよい。
これとは別に,「候補遺伝子」という方法もある。それは,自閉症に関わると思われる遺伝子の中から,事前にいくつかの遺伝子を選んで調べる方法だ。つまり,神経細胞の接続および脳の代謝において重要な役割を担う数百個の遺伝子を調べるのだ……。そこで自閉症の子どもと正常な子どもを対象にして,遺伝子の変異の分布を調べる。特別な変異が,正常な子どもよりも自閉症のこどもに,きわめて頻繁に見つかるとすれば,自閉症の原因に関する手がかりが見つかるかもしれない。
ベルトラン・ジョルダン 林昌宏(訳) (2013). 自閉症遺伝子:見つからない遺伝子をめぐって 中央公論新社 pp.62-63
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