遺伝子分析によって,糖尿病になるリスクが高いことがわかった子どもの家族は,食生活や体重に気をつかうように指導されるだろう。糖尿病の初期症状が見られるようであれば,血糖値を定期的に計測することになるかもしれない。だが,そのような対応により,その子どもと家族の関係が根本的に変化することはなく,良心の不安な眼差しが,子どもの重荷になることもないだろう。
糖尿病の場合と異なり,すでに自閉症の子どもを抱え,大変な生活をしている家族にとって,遺伝子検査を受けた弟が自閉症になるリスクが(たとえば)35%であることがわかった場合,家族はその子も自閉症として扱うことになるのではないか。自閉症には,血糖値のように客観的に証明できる基準がないため,その子は予防措置として治療を受けることになるが,そうなれば,その子は必然的に同年齢の集団から隔離されることになるだろう。イェルク・ハーガーは,「行動療法が子どもに悪影響をおよぼすことはない」と私に請け合った。私は,この見解に同意できない。たしかに,(他の治療法と比較して)行動療法が有害であるとは思わないが,その子が65%の確率で自閉症ではないのに,集中的な治療を受ければ,何らかの影響はあるだろう。
ベルトラン・ジョルダン 林昌宏(訳) (2013). 自閉症遺伝子:見つからない遺伝子をめぐって 中央公論新社 pp.107-108
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