ベイズは逆確率問題の本質を明確に把握したうえで,問題の出来事がこれまでに何度起きたか,あるいは起きなかったかといった過去の事実だけがわかっているときに,その出来事が今後起きる確率がどれくらいかを近似することを目標とした。問題を定量的に扱うには数値が必要だ。ベイズは1746年から1749年のどこかの時点で,この問題のすばらしい解決法を思いついた。出発点として,とりあえず何らかの数値——ベイズがいうところの「推測値」——をでっち上げておいて,情報が得られた時点でその数値を修正すればよい。
次にベイズは,18世紀版コンピュータ・シミュレーションともいうべき思考実験を行った。余計な条件をすべて取り去った基本的な問題として,まず1つの正方形のテーブルを想定する。テーブルは完璧に水平で,投げたボールがとまる確率はどの点もすべて全く同じだとする。後の世の人々は,ベイズはビリヤード・テーブルを想定したとしているが,非国教徒の聖職者たるベイズがビリヤード・ゲームに賛成したとは思えない。しかもこの思考実験では,ボールがテーブルの縁にあたって跳ね返ったり,ほかのボールにぶつかったりはしない。つまりテーブルの上をでたらめに転がったボールがどこかで止まる確率はすべて等しいと考えるのだ。
ではここで,テーブルに背を向けて座るベイズの姿を思い浮かべよう。この状態では,テーブルの上がどうなっているかはまるでわからない。ベイズは,1枚の紙にテーブルの表面を表す正方形を描く。そして,架空のテーブルにこれまた架空のまん丸なボールを投げるところを想像する。ただし,テーブルに背を向けているので,ボールがどこに落ちたのかはわからない。
次に,ベイズが誰かに,ボールをもう1つテーブルに投げて,そのボールが最初のボールよりも右に落ちたのか左に落ちたのかを教えてくれ,と頼んだとしよう。このとき,左という答えが返ってくれば,最初のボールはどちらかというとテーブルの右側にある可能性が高いといえる。逆に右という答えが返ってくれば,最初のボールがテーブルのうんと右寄りにある確率は可能性は低いと考えられる。
このような手順を踏んで,次から次へとボールを投げてもらう。当時のばくち打ちや数学者たちはすでに,投げるコインの数が多ければ多いほど,得られる結論の信頼性が増すことを知っていた。そしてベイズは,投げるボールの数を増やしていくと,新たに得られる情報の断片が積み重なって,最初に投げたボールが落ちたと思われる場所の範囲が狭められていくことに気がついた。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.27-28
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