ラプラスはアカデミーで朗読された論文で,まずこの新たな原因の確率の理論を2つの賭博の問題に適用した。どちらの場合も,結果そのものは直感的にわかったのだが,数学的な証明は行き詰まった。1つ目の例では,壺に黒と白の切符が入っているが,白と黒の比(原因)はわからないとした。そこから切符を何枚か引いて,その結果に基づいて次の切符が白である確率を求めたい。ラプラスはその答えを何とか数学的に証明しようと,四つ折り判4ページにわたって少なくとも45本の式を書き連ねたが,どうもしっくりこなかった。
2つ目の例は,運と技術の両方を要求されるピケットというゲームの問題だった。2人ではじめたゲームを途中で中止した場合に,2人の相対的な技量(原因)を評価して場の掛け金を配分するにはいったいどうすればよいか。またしても,答えは直感的にわかったが,数学的に証明することはできなかった。
大嫌いな賭博の問題を片付けると,ラプラスは嬉々として,天文学者たちが実際に仕事で直面している重要な科学の問題に取りかかった。同一の現象を巡って異なる観測が得られたとき,それらをどのように取り扱えばよいのか。当時の科学における3つの大きな問題として,地球の引力が月の動きに及ぼす影響についての問題,木星と土星の動きについての問題,地球の形に関する問題があった。観測者たちが,たとえ同じ場所でまったく同じ装置で同時に測定を繰り返したとしても,毎回わずかに結果が異なる可能性があった。このような矛盾した観測結果かから中央値を算出するにあたって,ラプラスは観測値が3つの場合に限定して論を進めたが,それでもこの問題を定式化するには,7ページにわたって延々と式を書き連ねなければならなかった。科学的にいって,3つのデータの平均を取ればよいことまではわかったのだが,それが数学的に裏付けられたのは1810年のことだった。この年にようやく,原因の確率を使うことなく,中心極限定理が打ち立てられたのである。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.52-53
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