フィッシャーは長い時間をかけて,ランダム化の手法やサンプリング理論,有意性検定や最尤推定,分散分析や実験計画法を作り出していった。フィッシャーのおかげで,それまで統計的な手法を無視してきた実験科学者たちも,プロジェクトを設計する際に統計的な手法を組み込むことができるようになった。フィッシャーはしばしば20世紀統計学の裁判官として,長々と続く議論をたった一言「ランダム化」という評決で締めくくった。1925年には,この新たな技法に関する画期的な手引書『研究者のための統計学的方法』を発表した。独創的な統計処理を門外漢に詳しく説明したこの著書によって,頻度主義は事実上の標準的統計手法となった。最初の手引書は2万部売れ,2冊目はフィッシャーが亡くなる1962年までに7回版を重ねた。さまざまな処置がもたらす効果を分離するためのフィッシャーの分散分析は,自然科学のもっとも重要なツールの1つになった。さらに,フィッシャーが考案した有意性検定やp値は,長い間にしだいに異論が出てはきたものの,何百万回も使われることとなった。今や誰も,フィッシャーが作り出した語彙抜きで統計——フィッシャーのいうところの「観察されたデータへの数学の応用」——を論じることはできない。フィッシャーの着想の多くは,当時の卓上計算機の能力に限界があるために起きた計算上の問題を解決するためのものだった。じきに統計部では,フィッシャー流の計算が1段階終わるごとに機械式計算機が発するベルの音が鳴り響くようになった。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.98-99
PR