日本人とは何か,という問題は,日本の知識人のお気に入りの主題として,長く日本の言論界の中心テーマとなってきた。古くは徳川時代の本居宣長以来の国学の伝統があり,明治にはいっては,福沢諭吉の『西洋事情』以来の啓蒙主義の流れもある。日本人論の流行の背景には,日本社会が1世紀以上にわたって欧米産業国とわたりあってきた事実があり,日本の知識人の西洋社会に対する劣等感や優越感が横たわっている。戦後の30年あまりも,その例外ではなかった。
第1章で述べたように,野村総研の調べによると,戦後700点にのぼる日本人論が出版されている。そのすべてを分析することは時間が許さないが,日本人論が描く日本の自画像は,劣等感に影響されている時代と優越感に影響されている時代とがあり,この2つの間を時計のフリコのように揺れ動いてきたとはいえるだろう。このフリコの位置は,日本が国際情勢の中で占めてきた位置と関係している。
杉本良夫&ロス・マオア (1995). 日本人論の方程式 筑摩書房 p.65
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