1945年5月にドイツが降伏すると,チャーチルはその数日後に予想外のショッキングな行動に出た。暗号解読が第二次大戦の勝利に貢献したという証拠をことごとく破棄するよう命じたのである。こうして暗号学やブレッチリー・パークやチューリングやベイズの法則やコロッサスが連合軍の勝利に貢献したという事実そのものが,葬り去られることとなった。チューリングの助手のグッドは後に,「ホレリス[のパンチ]カードから逐次統計,経験的ベイズやマルコフ連鎖や意思決定理論,そして電気計算機に至るまでの」対ユーボート戦や暗号解読に関するすべてのことが超機密にされた,とぼやいている。ほとんどのコロッサスが解体され,見る影もない部品の山となった。コロッサスを作ってタニー暗号を解読した人々は,イギリスの公職守秘法と冷戦とに猿ぐつわを噛まされた格好で,コロッサスが存在したことすら公言できなくなった。イギリスおよびアメリカの対ユーボート戦関係者の著作は即座に秘密指定されて,軍の上層部しか読めなくなり,その公開には何年も,場合によっては何十年もかかった。対ユーボートの暗号解読作戦のことは,機密扱いの戦史にも書かれず,ベイズやブレッチリー・パークのことや,チューリングが国家を救済するために尽力したことが世間に知れたのは,1973年以降のことだった。
シャロン・バーチュ・マグレイン 冨永星(訳) (2013). 異端の統計学 ベイズ 草思社 pp.161
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